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第297回・アルピーヌ

車屋四六のGood Days&Good Cars

 ALPINE=国が違うと、アルパイン、アルピーヌ、アルピナなど、発音の違いはあるが、ヨーロッパ人にとりスポーティーで心地よい響きの言葉のようである。

 そして自動車の名前になったときには、おおむね高性能でカッコウ良い、言うなれば憧れの一品になるようだ。例えば、私が50年代に憧れたのはサンビーム・アルパインだった。

 サンビームは営業方針でスポーツカーを造らなくなってからも、ベントレイと同じように、伝統的にスポーティーイメージを盛り込む車造りの英車だったが、ユーザーもそれを望んでいた。

 サンビーム・アルパインは、エンジンルームの熱気を抜くスリットがボンネット上に二列に並んでスポーティーさの演出しているのが精悍で、見るからに速そうだった。

 さて、ドイツではアルピナ。皆様お馴染み、BMWをチューニング高性能化した銘ブランドだが、今回はドイツでも英国でもなく、フランスのアルピーヌだ。

 アルピーヌは、ルノーをベースに開発された高性能スポーツカーだった。70年頃のジュネーブ自動車ショーでアルピーヌに出会い、金持ち日本になってから筑波サーキット・スピードトライアルに出てきた、日本人愛好家のアルピーヌの写真を紹介しよう。

 70年代の日本は未だ貧しく外貨準備が少ない時代。素晴らしいスポーツカーを、雑誌のグラビアで溜息つきながら見ていたものだった。が、やがてバブルが膨らみ日本は好景気になり、やがて米欧から経済的プレッシャーがかかるほどの金持ち国になっていった。

 車マニアが高価な車やクラシックカーを世界中から買い集めて楽しむゆとりさえでてきた。それはそれで楽しいことだが、かつて私がジュネーブショー会場で一人寂しい思いをした頃、日本にこんな時代が来ようとは、想像も出来なかった。

 アルピーヌの特徴は、ルノーから供給される部品を流用した車に、独自開発の軽量プラスチック空力ボディーを載せて完成。だから製造はルノーではなく、独立メーカーの製品なのである。

 ルノー販売店の経営者だったジャン・レデールは、ロータス創業者のコリン・チャプマン同様、レース大好き人間で、初めはルノー4CVの改造車で草レースに飛び込んだ。

 が、最後には、ルマン24時間やミレミリアのような一流レースに出場するほどの腕前になる。それはドライバーとしてだけではなく、レーシングカーの開発でも一流だったということ。

 彼の最初の市販車は56年、ルノー4CVベースのアルピーヌ・ミレミリア。経営手腕も一流だったようで、レースに勝てば宣伝効果莫大と、ルノーからの本格的バックアップを取り付けた。

 資金的に楽になり、潤沢な部品供給も得られる安心経営で、車開発も順調で急成長を続ける。写真のアルピーヌ1300Sを発表したのは68年だった。

 アルピーヌが素晴らしかったことは、プロドライバーが操るラリーカーと、市販される車との間に性能差がほとんど無かったこと。チューニングの差で、馬力が少し低いくらいなものだった。

 で、レースに出てくる車と市販車と姿は同じだが性能は違うという他メーカーの車とは異なり、草レースならそのまま出られる、本物のスポーツカーだったのである。

 アルピーヌは、60年代、70年代、世界を股に掛けてサーキットやラリーで活躍した。そんな車が、余裕が出来た日本のマニアが買って大事に保管、そして各地のイベントに出てくる、かつて敗戦貧乏の日本を知る老骨にとっては、まことに嬉しい限りである。


(写真1)東京モーターショー会場の駐車場で見掛けたアルピーヌ。さすがマニアの車らしく完璧な姿をしていた。

(写真2)筑波のスピードトライアルにエントリーのアルピーヌ。

(写真3)ジュネーブの街角で見掛けたアルーピーヌの後ろ姿。

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  • 写真2
  • 写真3
掲載日:2014/07/28

この記事のカテゴリ:連載・クルマ昔話