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第301回・チバちゃんの足のいいやつ

車屋四六のGood Days&Good Cars

 神国日本がよもやの敗戦から25年、四半世紀が経った昭和45年=70年にトヨタから誕生したのがカリーナである。

 「足がいいやつ・チバちゃん」というようなコマーシャルだったと記憶するが、アクションスターの千葉真一をキャラクターに起用して打ったキャンペーンのお陰で、カリーナと云えば“足のいいやつ”というイメージ確立に成功した。

 カリーナが目指すトヨタの目論見は、カローラを卒業したユーザーがターゲット。昭和30年代、日本製乗用車は一人前にはなっていたが、日本経済は未だ一人前ではなく、自家用車などというものは、未だ一握りの裕福層御用達で、大衆には高嶺の花だった。

 が、66年にサニーとカローラの登場で様子は一変した。朝鮮戦争をテコに日本経済は立ち直りのきっかけを掴み、以後しゃにむに働いて、庶民の所得が増えてきたのである。

 その間に外国の生産技術を学び量産に習熟した自動車産業は、量産効果とやらで、格安に車を造れるようになった。で、サニーで実現した41万円なら、何とか手が届くようになったのである。

 次いで登場したカローラ、そしてそのライバル達の価格努力で、日本に本物の大衆車時代が到来したのである。が、トヨタの場合カローラから一気にコロナでは価格差がありすぎる、ということで中間を埋める車種が必要になった。

 こうして70年10月誕生したのがカリーナ。日本初のスペシャリティーカー・セリカの部品の流用で開発した兄弟車だった。だから、足が良いのは当然の結果だった。


 その頃になると、日本の自動車ユーザーは「何でも持てれば幸せ」という時代が終わり、少々のゆとりも生まれ、マイカーを自分の好みで選びたいと思うようになってきた。

 カリーナのユーザーターゲットはヤング層。ということでスポーティーな兄弟車セリカのイメージをダブらせて、スポーティー感覚を盛り込んで仕上げて、前述CMを打ち出したのである。

 そこで“足のいいやつ”の実力をアピールするために、最強モデルには、セリカ1600STと同じ心臓を与えたものである。

 最高速度175粁、販売価格70万円、当時としては最高なコストパフォーマンスだった。で、若者の心を捉えることに成功して、人気車種になる。

 そしてセリカとは別立てのブランドを確立して、新ジャンル・スポーティーセダンとして一人歩きに成功したのである。

 ちなみにスリーサイズは、全長4155㎜、全幅1580㎜、全高1340㎜、ホイールベース2425㎜。車重965kg。定員5名。2T-B型エンジンは直四OHVで1588cc、圧縮比9.4で105ps/6000rpm、14.0kg-m/4200rpm。

 この頃になると、日本製エンジンも高い圧縮比に耐え、高回転でハイパワーが得られるようになり、加えてツインキャブレターで高出力を生み出していた。

 そして半年後には、2T-G型DOHC搭載の1600GTが誕生する。もちろんライバルメーカーもハイパワー競争に加わり、サーキットでは毎日曜日、熾烈なメーカー同士のバトルが繰り広げられた。日本中が“走れ・走れ”の時代だったが、それは自動車ばかりでなく、あらゆる分野に及んでいた。

 カリーナ誕生の70年は、モデルチェンジも含め新顔の当たり年で、15車種もの新型が登場。マイカーが四所帯に一台になり、自販機が100万台に達して自販機時代到来、ギャンブルブーム、日本大阪万博開催、等々とにかく景気向上を感じる頃だった。

 一方で、JALよど号ハイジャック、三島由紀夫切腹後斬首というショッキング事件に驚いた。TV人気番組は“細うで繁盛記”ラジオからは♪知床旅情♪今日でお別れ♪走れコータロー♪などが流れる頃だった。



(写真1)真新しいカリーナに乗りデータ計測中:写真で思い出したが工業技術院村山試験場コースでブレーキと旋回試験中。まだ谷田部試験場オープン前だった。

(写真2)2011年トヨタ・クリエイション誌で解説のセリカとカリーナ由来。両一号車ラインオフで左は当時の豊田英二社長。

(写真3)大分前に晴海の東京モーターショー駐車場で見つけたセリカ1600GTリフトバック。

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掲載日:2014/08/06

この記事のカテゴリ:連載・クルマ昔話